こんにちは
クローバーです^^
今回は吉原義人氏・栗生隆子氏・森島朋三氏の人間学やビジネスなどの名言・格言集です^^
【目次】
吉原義人氏の人間学やビジネスなどの名言・格言集
・実際、日本刀は戦いにはそんなに使われていません。例えば日露戦争や日清戦争、第二次世界大戦の時に、軍人は日本刀を戦地に持っていきはしましたが、それは人を斬るためではなくて、心を高めたり、静めたりする精神的な支えとしてだったんですよ。
・最近は世界の人々にも日本刀の精神性や芸術性が分かってきて、海外からの注文が多くなってきています。彼らは日本刀を芸術としてみているんです。
・日本刀には「刃文(はもん)」がありますが、刃文を綺麗に表す技術も日本刀の世界にしかなく、芸術性がすごくあるんです。
そのような他の芸術品にはない特徴、独自の美しさを持っているからこそ、いまなお多くの人が日本刀に憧れ、求めるんでしょうね。
・私は小学生だったんですが、何だか日本刀に興味が湧いて、学校が終わるとすぐ祖父のところへ行って、一年中、仕事ぶりを覗いていたわけ。
それで手伝うようになって、自然と日本刀づくりを覚えました(笑)
・いまものづくりの現場でも機械化が進んでいるようですが、センサーで鉄の温度は測れても、それがどんな刃文になるかまでは機械では連想できないでしょう。刀鍛冶の仕事は感性の塊みたいなものですから、今後も完全に機械化することはできないと思います。
・「童子切安綱」は、平安時代に活躍した源頼光が、大江の山に住む鬼・酒呑童子を斬ったという伝説はから名付けられ、元々は源氏の宝刀でした。なので、せっかくつくるなら、「童子切安綱」のような日本刀にしましょうと。
・お互いにいい刀を持ち寄って、鑑賞する勉強会もいっぱいありました。昔の人はよく勉強して、日本刀に対する一つの常識みたいなものを知っていたんです。特に刃文なんて日本刀の品格がうんと出るんです。
・違いを見極める感性、審美眼というか、要は自分でいいものが分からなくては、当然、いいものもできっこないんですね。悪いものを目指していくら努力しても悪いものしかできません。
・日本刀をつくる一つひとつの過程に真心を込めていく、丹誠を込めていくことが、品格ある、本物の日本刀をつくっていくんだと思います。
・いま日本刀のみどころや品格についてより詳しく解説した本をつくろうと、取り組みを進めているところです。この本の出版を実現させて、日本のみならず、世界中の人たちに本物の日本刀とはどういうものなのかを知ってもらうことが、私の最後の仕事であり、夢なんですよ。
栗生隆子氏の人間学やビジネスなどの名言・格言集
・私が発酵生活研究家として、発酵の魅力を伝え始めて五年の歳月が流れました。もとはと言えば、二十年以上も原因不明の病に悩まされ、すがる思いで発酵食品を取り入れたことがきっかけでしたが、みるみると体が回復しただけでなく、純粋においしく、手軽な発酵に魅せられて今に至ります。
・雲水は毎日精進料理だけで元気に過酷な修行に打ち込まれています。そう思うと、既存の栄養学の知識に囚われず、自分の体に本当に必要なものを知ることの重要性を痛感します。
・こだわり過ぎて、農薬を使用した野菜や動物性のものは食べない、などと頑なになってしまうと、自分も周りいる人も食を楽しめません。添加物の少ない食生活を心掛けたり、味噌や醬油などの調味料を天然発酵のものに変えるだけでも、心身ともにイキイキするのを実感できると思います。
・長年飲み続けた下痢止めに含まれる抗生物質の影響で、必要な腸内菌まで死滅させてしまっていたのです。当時の私の腸は何を食べても消化できず、栄養が取れない状態。立っているのもやっとで、それから四年間は外出もままならなくなりました。
・ありのままの自分を受け入れ、いまこの瞬間を生きることだけを考えました。何か意味があって神様は私にこの痛みを与えているのだから、それを認めよう、病とともに生きていこう、そう覚悟したのでした。
・私の場合、心身ともに疲弊しきった状態で自我が消え、あるがままを受け入れるようになりました。それしかなかった、その現れしかなかったという表現が近いかもしれません。
・覚悟し、一度受け入れてることからすべての道は開けるのでしょう。
・独学は発行について学ぶうちに、発酵食品に含まれる菌が腸内菌を蘇らせ、薬に頼らずに過ごせるまでに回復。頭痛、めまい、肩こりも解消された他、肌が潤って保湿剤が不要になるなど、全身がイキイキしてきたのです。
・私も大病を通じて、体も自然界も社会も、循環と調和がいかに大切かを教えられました。冷え取り健康法で血流の循環をよくし、発酵食品で体内の菌を調和させてことで、瀕死状態だった私の体を蘇らせることができました。
・私たち一人ひとりには使命があるのかもしれません。そう考えると、生かされていることに感謝ばかりです。
森島朋三氏の人間学やビジネスなどの名言・格言集
・私はあまり勉強熱心ではなかったのですが、「森島君は勉強すれば絶対に伸びるよ!」と、先生が励まし続けてくださったことで次第に成績が上がっていきました。この体験から「教育は大事なんだ」という思いを強く抱くようになりました。
・大学の在り方が日本全体の教育に大きな影響を与えていることを知り、教師とは違った立場で教育に携わりたいという思いが芽生え、大学職員として立命館に就職しました。
・どんなに行き詰っても諦めずに、それこそ二十四時間、考えに考え続けていると、かつて読んだ本の知識や見聞きした優れた実践が結びつき、アイディアがふと閃き、壁を突破するヒントが必ず見つかるものです。
・心掛けたことは、どんな提案であっても、自分や所属する組織の私益ではなく、高い志を持ち、公益のためを思って行動することです。私益のためにやっていると少しでも思われてしまえば、周囲の協力は得られません。心から公益のためを思って行動していれば、必ず助けてくれる人が現れるということを何度も経験してきました。
・いつしか心に留めるようになった言葉があります。それは徳川家康が遺した「人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くが如し」という言葉です。私の父もまた、事あるごとに「人生はよいことばかりではない。だから若い頃の苦労は買ってでもしなさい」と教えてくれていました。