ビジネス書籍や経営哲学や経営学などに関する話

ビジネス書籍や経営学や経営哲学など学んだ事を書いて行きます

北路透氏の人間学やビジネスなどの名言・格言集:豊田佐吉に学ぶ

 

こんにちは

クローバーです^^

 

今回は作家の北路透氏の人間学やビジネスなどの名言・格言集「豊田佐吉に学ぶ」です^^

 

【目次】

 

 

 

誰もが知っているのに誰も知らない人物

・(豊田佐吉は)発明家として有名になってからも、無名時代から多大な支援を受けてきた恩人・石川藤八の法事に参列する時には、乗ってきた人力車を横付けにするようなことをせず、いつも手前で降り、歩いて会場に入ったといいます。佐吉は、燃えるような闘魂で人生を切り開いた人ですが、その一方で、大きな成功を収めた後でも決して驕り高ぶることのない謙虚な人間性も併せ持っていたことが窺えます。

 

・ことを成す人には、

「一念凝るところ巌(いわお)をも透す」

「謙虚にして驕らず」

という姿勢が共通して見受けられますが、これらはまさしく豊田佐吉という人物を端的に表す言葉でもあるといえましょう。

 

母親を楽にさせたい一念で

・母親を楽にしてあげたい。この一念こそが、佐吉が織機の発明に打ち込む原動力だったのです。

 

・佐吉の人生を方向づけたのが、明治十八年に施行された専売特許条例でした。これによって発明者の権利が保護されることになり、発明がビジネスとして成り立つ道が開けたのです。(中略)ものづくりを始めるととことん熱中する佐吉は、これを知って発明家になることを決意しました。十九歳の時でした。

当初は何の発明に取り組むかは明確ではありませんでしたが、幼い頃から機織りで苦労する母親の姿を見て育った佐吉の思いが、やがて織機の発明へと向かっていったのは自然な成り行きだったと思います。

 

・織機の発明に熱中する佐吉の中には、綿布は日本の将来にとって重要な問題であり、必ず誰かによって解決しなければならない大事であるとの思いがありました。

彼が若くしてかくも高い意識と広い視野を持った背景には、村の若い仲間に声を掛けて「夜学会」を立ち上げ、世の趨勢(すうせい)や人の生き方などについて熱心に勉強を重ねていたことが挙げられます。

夜学会では時の大ベストセラー『西国立志編』にも出合いますが、その冒頭にある「天は自ら助くる者を助く」という言葉が若い佐吉の心を奮い立たせたことは想像に難しくありません。

 

・佐吉の偉大な発明は、母を楽にしてあげたいという思いを原点に、世のため人のためという思いに突き動かされて成し遂げられたものといえます。

そんな佐吉の無私の姿勢は次の言葉にも窺えます。

「大丈夫だ。世の中の多くの人の為に、またお国の為にという考えで一所懸命に働いていけば、食う物も着る物も自然とついてくる」

この言葉は独立事業主としての私の理想であり、厳しい環境に直面する度に心の内で反芻し、自分を鼓舞してきました。

 

・偉人の陰に良妻あり。浅子というこの上ない伴侶を得たことは、佐吉の人生における最大の幸運であったと言えるでしょう。

 

 

 

自分のテーマに命を燃やす人生を

・佐吉の人生は、特許を失う最悪の逆境から大きく反転し、隆盛の軌道に乗りました。明治四十四年の綿布工場の立ち上げには大きな困難があったからこそ、大きな成功を手にすることができました。あの時こそが真の「自力経営」の始まりであったと佐吉は述懐しています。

 

・佐吉の自律自助の精神は、若き日に発明家を目指した時から貫かれてきた人生の基本姿勢であったことは、彼が残した言葉からも明らかです。

「男は四の五のいらぬことを考える必要はない。志を立てた以上迷わず一本の太い仕事をすればよい」(中略)

「わしは他人よりよけいに創造的知能に恵まれているわけではない。すべて努力の結晶だ。世間は、その努力を買ってくれないで『天才だ』と言って片づけてしまう。私には遺憾千万」

「わしの今日あるのは、天の心というものだ。それなら、こちらも社会への奉仕背にゃいかん道理だ。誠実というその字を見ろ。言うことを成せという言葉なんだよ」

 

・仕事柄(コンサル業)、多くの企業様を拝見する立場にありますが、佐吉の言う「自力経営」に本気で取り組む企業が日本にもっと増えて欲しいというのが率直な思いです。社会が大きな転換期を迎えるいま、経営者には自らブランドをつくり、自ら販路を切り開く自律自助の精神が一層求められることを痛感するからです。

 

・一人でも多くの方にこうした豊田佐吉の生き方に触れていただき、自律自助の精神で人生を大きく切り開いていただきたい。それが私の願いです。