こんにちは
クローバーです^^
今回は作家、歌人の田中章義氏の人間学やビジネスなどの名言・格言集です^^
【目次】
千年、二千年と生き続けている言葉
・歌詠みとして、世界各国に言葉探しの旅に出るようになり三十年近くが経ちます。現在は國學院大學で短歌の授業を持っていますが、そこで私が学生に伝えているのは「言葉は一人の人間より遥かに長生きである」という言わずものがなの事実です。
・近年頻繁に「人生百年時代」が話題に上がります。しかし、言葉の世界は百年、二百年単位ではなく、千年生きて初めて「一人前の言葉」として認められるようになる。世界を回る中でそう実感しています。
・千年、二千年と生き続けている言葉には、脈々と受け継がれている人類の叡智やダイナミズムがあることをお伝えしたいのです。
・ユネスコは自然や歴史的建造物に対して「世界遺産認定」を行っていますが、長年語り継がれている言葉についても「言葉の世界遺産」というニュージャンルがあってもいいのではないか。それほど千年語り継がれる言葉には国境や時代を超えて共通する価値があると思うのです。
「言葉」の魅力
・日本最古の歌集と言われる『万葉集』が編纂された八世紀以降、日本には文字を書き残す文化が根付いています。私が数えることができただけでも、『万葉集』には四十種類の「緑色」に関する表現がありました。例えば、葉っぱの表と裏の色の違いを見つけて「裏葉色」という渋くくすんだ色を生み出しました。その一点だけ見ても、昔の日本人が持っていた言葉や自然に対する情趣を感じずにはいられません。
・世界を旅していると、いまなお口伝で千年近くも前の言葉が語り継がれている地域が多数残っています。一世代一世代、親から子へと思いを込めて語り継がれてきた言葉に出逢う度に、深い感動を覚えます。
・私が「言葉」の魅力に引き込まれたのは高校生の頃でした。当時一大ブームを起こした『サラダ記念日』を読み、国語の教科書で習う短歌とは異なる俵万智さんの感性に影響を受けたのです。
・私が世界版『奥の細道』をつくるべく、世界各国の名所に赴いて短歌を詠もうと思い立ったのでした。
どころが、世界に飛び出してまず出逢ったのは、美しい言葉ではなく各地で起きている悲惨な現実でした。かつて肥沃な大地と呼ばれていた地域は川が干上がり、周辺住民は貧困に喘いでいる。政治的紛争が絶えず起こり、多くの一般人が命を落とす。そうした事実を目の当たりにしたのです。
そこから地球環境と貧困問題に強い関心を抱くようになり、途上国が晒されている危機を短歌の三十一文字でありのままあを伝えるようになりました。
世界の千年以上生き続ける言葉
・ご紹介したいのがドイツに伝わる次の言葉です。
「一つの平和は、銃の勝利にも勝る」
ヨーロッパの中心に位置するドイツは帝政だった時代もあれば南北に分かれて争っていた時代もあり、その肥沃な土壌は常に戦火に見舞われました。そんな土地で、千年以上も前から十回戦いに勝つよりも一度平和になるほうが尊いと、語り継がれていることに衝撃を受けました。
・スペインにこんな言葉があります。
「多く持っていない人が貧しいのではなくて、多く欲しがる人が貧しい」
大航海時代に突入した十六世紀以降、スペインは着実に領土を拡大し、一時はアメリカ大陸の大半を支配しました。多くの富や土地を所有していた歴史を持つスペインに、それと反対の意味を持つ言葉が古くから存在し使用されていたことに驚きました。
・「知り合いがいるのは、そこに草原があるのと同じだ(モンゴル)」
モンゴルの遊牧民はゲルと呼ばれる円形の移動式住居に住み、広大な砂漠に点在する草原を移動しならが暮らしています。草原とはそこに生態系がある証で人々の暮らしを象徴している言葉です。モンゴルで一人知り合いがいることは、生命の源である草原があるのと同じ。それほど仲間は貴重な尊愛であると表現しているのです。
・エジプトのナイル川を川に下っていた時に見上げた夜空の星の美しさも忘れられません。日本の川とは異なり、広大で深くゆったりとした流れに身を任せながら、大自然の恵みを存分に味わいました。
・ナイル川にまつわる言葉があります。
「成し遂げた善は隠せ。源を隠すナイル川のように(エジプト)」
ナイル川が自らの美徳を誇らないように、我われも善行を誇るべきではないと諫めた至言です。この言葉は千年、二千年といったスパンではなく、古代エジプトが栄えた五千年以上も前から、この地で先祖代々語り継がれてきました。
・日本で千年生きている言葉も紹介したいと思います。
「天から役目なしに降ろされたものは、世界に一つもない(北海道・アイヌ)」
「十の指が、同じ長さではないのと同じように、人にはそれぞれ持って生まれた個性や特徴がある(沖縄)」
北と南で遠く離れているものの、共に人間一人ひとりが尊い存在であることを語っています。
・誕生してから百年、二百年程度しか経っていない言葉の場合、目先のことに注目した鋭敏な表現が目立ちますが、千年という長い年月を経ると皆自然と同化し、角がとれて丸みを帯びた曲線的な表現になっています。それは角が立つ人間が社会の荒波にもまれる中でいつしか性格が丸くなっていく様とにているでしょう。
・たくさんの栄養を与えられて咲いた高級な花々だけではなく、雨風に屈せず野に咲く一輪の花のように、自らを主張することなく、しかし長年謙虚に人々の役に立っている。そういう言葉が千年生き続けると感じています。
終わりに
「言葉」というものはとても不思議だと思います。
使い方次第では人を「活かす」こともできますし「生かす」こともできます。
さらには、使い方次第では鋭利な刃よりも人を傷つけることもできてしまうものでもあります。
私自身もマネジメントに携わっていますので、言葉の使い方には結構気を使っていますが、「千年生き続ける言葉」というのは考えたことがなかったです。
よく言われる「黄金律」などはまさにそれなのかも知れません。
そう考えてみると、「成功者」と言われている多くの人たちや歴史に名を残すような武将、軍師などが「古典」などに精通している理由が分かる気がします。
私自身、中国古典など読みましたが、その時代の歴史背景まで調べるような読み方をしていなかったので、ただの日常生活程度にしか感じなかった無学ぶりを発揮してしまったので^^;
折を見て、古典などにも再度チャレンジしてみようかと思います^^
という感じで今回はこの辺りで失礼します。