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東洋思想家の境野勝吾氏の人間学やビジネスなどの名言・格言集:道元さんの言葉

 

こんにちは

クローバーです^^

 

今回は東洋思想家の境野勝吾氏の人間学やビジネスなどの名言・格言集:道元さんの言葉です^^

 

【目次】

 

 

 

最後は道元さんだよ

・私は四十歳まで臨済の、いわゆる公案禅をやっていました。ありがたいことに名僧・山本玄峰老師ともご縁をいただいたのですが、老師がいつも「最後は道元さんだよ」とおっしゃっていたんです。それがずっと耳に残っておりましてね。玄峰老師亡き後は、藤沢寂仙老師に就きましたが、寂仙老師もまた「道元さんを勉強しなきゃ駄目だよ」と。

 

・一般的に考えれば、習うのはやはり自分の外から習うんです。哲学書を読んだり、宗教書を読んだりすることと考えちゃうんだけど、道元禅師はそういうものを一切忘れることだと説かれている。そして、一番尊いものは、いま生きている素晴らしい自分の生命の中にこそあると説かれている。このことに何より驚かされました。

 

・臨済宗も曹洞宗もそれぞれ特徴があって、今日までいろいろと勉強させていただいたわけですが、道元禅師との出会いがなかったら、私の成長はどこかで止まっていたでしょうね。

 

・「この法は人人(にんにん)の分上にゆたかにそなわれりといへども、いまだ修せざるにはあらわれず、証せざるにはうることなし」という『正法眼蔵』弁道話の言葉がありますが、誰もが素晴らしい宝を持っていたとしても、修行をしないことには現れないということなのでしょうね。

 

道環とは螺旋階段

・私の師匠は「道環とは螺旋階段だ」とおっしゃっていました。悩んで修行して心が安らかになり、また悩んで修行を続ける。このようにして少しずつ高みを目指していくのが本来の修行のあり方なのでしょうね。

 

・道元老師の言葉に「正師(じょうし)を得ざれば学ばざるに如かず」とありますが、正師に出会って感応道交してこそ本当の修行ができるし、自分の中にある仏の姿も見つけることができる。一方で道元老師は邪師のもとではいくら修行しても駄目だという言い方もしています。だから草の根を分けてでも正師を探しなさいと。

 

・道元禅師が宋で何を悟られたかということについては、二十八歳で日本に帰られた時、「何を悟ってきたのか」と質問を受けて「悟ってきたものは何もない。しばらく柔軟心を得たり」と答えられた話が有名ですね。

 

・日本に戻られた道元禅師は京都の深草に興聖寺を開いて本格的な座禅修行を始め、弟子が増え名声も高まってくると、そこから逃れるように越前の山中の大仏寺を建立されます。これがのちの永平寺ですが、私はつくづく感心するんですよね。高貴な身分をお持ちなのに、よくぞ雪の越前に行って只管打坐をやられたものだと。

 

・道元禅師は如浄禅師と出会って以来、まさにギリギリのところまで自らを追い込んで只管打坐の修行をされました。普通の修行はなかなかそこまで到達できないわけですが、興味深いのは、実際にお書きになったり、お話になったりしたものを読むと、仏教にあまり関心のない人でも心にスーッと入ってくる言葉が数多くあるんです。

 

心とは山河大地なり

・「心とは山河大地なり」という言葉もその一つです。この場合の心とは命、山河大地とは大自然ということです。若い頃、私は命とは頭の働きだと捉えていました。「考えるからこそ命なんだ」と長いこと思っていたんです。しかし、こうして呼吸をしているもの二本足で歩くもの、物を食べて消化するのも山河大地、大自然の力なんですね。頭で考えて動かしているわけではない。

 

・座禅を始めた頃、自分の呼吸を感じなさいとよく言われました。呼吸というのは生まれてから今日まで一瞬も休むことがない。今後も命が絶えるまで休むことがない。そこに命の働きがあるわけです。

そして、そういうことを知ることによって私たちが抱える悩みや欲望は少しずつ減っていくのではないかと思います。

 

・現代は競争社会でしょう。しかもこの不況で、うかうかしていると勤めている会社が倒産しないとも限らない。不安や恐怖、後悔など頭で考えていると疲れてしまうことばかりです。そういう時に、この命そのものの働きに心を向けることはとても意味があると思うんです。

 

・人間は誰でも欠点があれば必ず長所もある、いいところだけを見ていけばどんな人とも和することができる。そう考えると、道元禅師の歌を現実の生活に生かすことができます。

 

・いまの若い人たちの中には、こんなに恵まれた環境の中にありながら、文句ばかり言っている人が少なくありません。道元禅師が厳しい寒さの中で「雪さえすずしかりけり」とおっしゃったように、少しくらい厳しい環境でも「すずしかりけり」ととらえるような感性を磨いていったら、もう少し楽に生きられる気がします。

 

 

 

愛語能く廻天の力あることを学すべきなり

・道元禅師の言葉で忘れてはいけないのは、「愛語能く廻天の力あることを学すべきなり」ですね。

「ありがとう」「ごめんなさい」「大変だね」と言うと、いつの間にか不機嫌なかみさんの機嫌が直ってる。これが廻天の力なんですよ(笑)。愛語という禅の言葉は、生活から離れたものでも難しいものでもありません。

 

・私が心の支えにしてきた道元禅師の歌があります。

水鳥の逝くもかへるも跡たえて

されども道はわすれざりけり

私は若い頃、自分がこれからどう進んでいったらいいのか分からず自信を失った時期がありました。そんな時に励ましてくれたのがこの歌です。

自由自在に飛んでいる水鳥のように、まずはとにかく動いてみようじゃないかと。人と比べるのではなく、自分が信じた道を歩んでいこうじゃないかと。そうして歩み続ける中で東洋思想家としての道が自然にひらけていったんです。

 

・悟りというと日常生活からかけ離れているように思いますが、実は人の口から出てくる言葉が私たちの人生の疑問を解決してくれるんですね。発言された音の力の中に実に不思議な解脱の力がある。

私自身、これからも道元禅師のお言葉に感応道交しながら、もっと自分を磨いていきたいと思います。

 

終わりに

私自身、道元という名称は見聞きしたことはありましたが、恥ずかしながらその関連の言葉に触れたこともなければ、関連の書籍を読んだこともありませんでした。

 

今回のお話を読んでいくうちに、私の理解力が不足しているので、正直、道元さんの言葉自体にはピンとくることはありませんでした。

 

ですが、境野勝悟さんが若い頃に自分の進むべき道に迷っていた時のお話は、私も自分自身と照らし合わせていました。

 

境野勝悟さんがそうであったように多くの人は、偉人の歌(歌手の歌ではなく)や言葉から影響を受けることが多いと思いますが、私自身はマネジメントを始めたばかりの頃に(今でも分からないのですが)正解が分からず、当時よく読んでいたナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』という本の言葉から大きく影響を受けていたのを思い出しました。

 

その時に影響を受けた言葉の数々から、縁あってドラッカーを学ぶようになったということを思い出しました。

 

今はドラッカーを読み解くことに一所懸命なので、なかなか『思考は現実化する』を読むことはないですが、機会があったら自分が影響を受けた言葉の数々にまた出会いたいなと思います。

 

という感じで今回はこのあたりで失礼します。