こんにちは
クローバーです^^
今回は元東北福祉大学学長の大谷哲夫氏の人間学やビジネスなどの名言・格言集です^^
【目次】
赤心片方(せきしんへんべん)
・大学院の博士課程は駒澤に進み、榑林晧堂(くればやしこうどう)先生の下で学びました。榑林先生は岩沢惟安(いあん)門下の『正法眼蔵』の大家でした。目が不自由なやさしい先生でしたが、一言一句徹底的にご指導いただきました。ある時、先生に「何か書いてください」とお願いしたら、「赤心片方(せきしんへんべん)」と書いてくださり、この書はいまも大事にしています。
(赤心片方:すべての事柄に真心を持って接するという意味)
・道元禅師は宋の如浄禅師の下で修業をし、悟りという世界を日本に持ち帰られました。言葉ではなかなか表現できない悟りの世界を漢語、仏語を交えて日本語で書かれたのが『正法眼蔵』です。
・これは仏教全体にいえることですが、現代の僧侶の多くは悟りというものを避けて通ろうとしている。だけど、仏教から悟りを取ったら何が残りますか?単なる思想ですよ。思想だけでは駄目です。信心がなきゃいけません。道元禅師のように悟りを求めて、求めて、求めて、心身脱落という境地を目指して歩き続けなくてはいけないんです。
・道元禅師は明得、説得、信徳、行徳という言葉を残されています。自らは明らかな悟りを得たものであり、それは言葉で説き得る、疑いなく信じ得る、行じ得るとおっしゃっています。
・道元禅師の素晴らしいところは、悟りと修行が循環していることなんです。これを道環(どうかん)と言いますが、悟りを開いたからそれでいいなんていう考えは微塵もない。どこまでいっても修業は続きます・
・道元禅師の如浄禅師に就いて修行をされるのですが、その修行ぶりがまた凄まじい。道元禅師の弟子の懐奘(えじょう)禅師がまとめた『正法眼蔵随聞記(ずいもんき)』には次のように書かれています。
我れ大宋天童先師の会下(えげ)にしてこの道理を聞いて後、昼夜定座して極熱極寒には発病しつべしとて諸僧暫く放下(ほうげ)しき。我れその時自ら思はく、たとい発病してしぬべくとも、なほただ是れを修すべし。
(私は宋で天童如浄禅師の門下にあって、この道理を聞いてからは昼夜坐禅をした。極暑や厳寒の時は病気になりそうだと言って、僧の多くはしばらく坐禅をやめてしまった。しかし、私はその時考えた。たとえ発病してしのうとも修行を続けよう)
生命を掛けての覚悟でやり抜くという決意が伝わってきます。
寝ている姿を誰も見たことがない
・如浄禅師は夜中の二時半まで坐禅をし、朝六時には起きて坐禅をしていましたから、寝ている姿を誰も見たことがなかったといわれています。道元禅師もそんな如浄禅師に全身全霊で追随される。
・道元禅師が「心身脱落しました」と伝えると、如浄禅師はさらに「脱落、脱落」と、心身脱落したことさえ忘れてしまえと、そう言うんです。それが悟りの境地であり、無所得、無所悟の不染汚(ふぜんな)の修証の只管打坐の究極です。それが師から弟子へと仏法が正しく伝授されていく。
・禅というものも詰まるところ人間としての生き方ですからね。その意味でも道元禅師は至極真っ当な生き方をされた方ですよ。嘘、ごまかしというものがない。言葉が生きているのです。
・私も道元禅師から何を学んだらよいのかと、よく質問を受けることがあります。二十世紀後半から「二十一世紀は心の時代」と言われるようになりましたが、私は現代人が忘れてしまったのは、この心だと思っていて、それを道元禅師から学ぶべきだと思うんです。
・人間は苦境に立たされると必ず悩みますよね。苦悩し続けます。道元禅師も求道を続ける中で何度も挫折しそうになられたことがありました。ただ、道元禅師がわれらと違うところは、挫けそうになりながらも決して姑息な解決策を求めなんです。その姿勢は終生変わることがない。
・道元禅師は「まことに一事をこととせざれば、一智に達することなし」とおっしゃっています。要するに一つの道をしっかり貫きなさいということですね。
終わりに
私自身、「道元禅師」の教えに触れることは、今までの人生で初めてのことでしたので、私自身の無知さを痛感する感じではありました。
そんな中でも、道元禅師のお師匠さま(と言っていいのでしょうか??)の如浄禅師は夜中の2時半まで座禅をして、朝6時には起きて坐禅をしていたので「誰も寝ているところを見たことがない」という箇所が、とても心に残りました。
私自身、マネジメントの勉強をしているのですが、同じように勉強をすることができているかと言えば、まったく程遠いです。。。
小野照崎神社さんにある「強烈な努力の碑」から「強烈な努力」が座右の銘です。ということは多いのですが、強烈に努力ができているかと言われれば普通の努力さえもできていないです。。。
なので、今回のお話を聞いて、もちろん、後世に名前が残るような道元禅師のお師匠さまの如浄禅師には遠く及ばないまでも、マネジメントの勉強を頑張っていこうと思いました。
このように後世に名が残るような人物のお話を聞かせていただくのはとても良い機会だと思います。
という感じで今回はこのあたりで失礼します。