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和知孝氏・堀澤祖門氏の人間学やビジネスなどの名言・格言集

 

こんにちは

クローバーです^^

 

今回は和知孝氏・堀澤祖門氏の人間学やビジネスなどの名言・格言集です^^

 

【目次】

 

 

 

和知孝氏の人間学やビジネスなどの名言・格言集

・両親は共に小学校の先生で、父は校長を務め、母は栃木県の片田舎から出てきて女子師範に進学し、教職に就いた志の人でした。幼い頃から「約束は守れ」「嘘はつくな」といった、人として守るべき当たり前の道理を叩き込まれたものです。

 

・母は無類の読書好きで、家の書棚には『世界文学全集』や『夏目漱石全集』をはじめ、読み応えのある本がたくさん並んでいました。当時は娯楽がさほどなかったこともあり、私はそれらの本を夢中で読み、中学校の先生から「お前は少しませ過ぎている」と言われるほどでした。

いま振り返ると、あの時期に読書習慣を身につけたことで、ものの見方・考え方が幅広くなったと感じています。

 

・二十代後半で富士銀行(現・みずほ銀行)の労働組合の組織部長となり、全国の支部を回って年齢も立場も思想も異なる様々な人々と対話を重ね、説得していく仕事をやり遂げられたのは、生徒会長時代にリーダーシップの基礎を培ったからに他なりません。

 

・ある時、黒沢(清)先生はこう言われました。

「日本は戦争に負けて何もかも失った。これからの日本を立て直すベースは金融だ。銀行がお金を集めて、そのお金で企業を支援していくことによって、日本の経済は復興する。だから銀行へ行け」

恩師のこのひと言に心を動かされたのです。

 

・上司は部下に仕事を与える場合、目的を伝えることがいかに大切か。何のためにやるのかがはっきりと分かっていれば、部下は俄然やる気を出して仕事に打ち込むものだからです。

もし私が最初から楽な道を歩んでいたら、いまだに人の使い方が分からない人間になっていたかもしれません。

 

・厳しい仕事や意に沿わない出来事に直面した時には、これは自分を鍛え上げるチャンスと受け止め、前向きに挑んでいく姿勢が何よりも重要なのです。

 

・与えられた課題や仕事をすぐに実行する、犠牲を厭わず一気呵成にやり切る。それが相手の期待を超える成果を生み、さらなる成長に繋がっていくのです。

 

・いま改めて振り返ると、私の二十代の十年間は挑戦の毎日でした。(中略)

いろいろな仕事を経験してきましたが、どんな仕事でも主体的に取り組めば必ず後々役に立ちます。しかし、仕方なくやらされているという被害者意識では何も学べません。

 

・たった一度の人生ですから、自分は主役だという意識を持って心に火をつけ、あらゆる体験から学びを得ていただきたい。

 

 

 

堀澤祖門氏の人間学やビジネスなどの名言・格言集

・私たちが暮らしている世界というのはどういう世界なのか。それは「二元相対」という価値観の世界なんですね。二元というのは、あれか、これかという二つの価値観の違うものが同時に存在するという意味です。善悪とか強弱とか貧富とか正邪とか。

 

・人間が皆自分のことを一番にしているということは、利己的で自己中心的な考えにも繋がっていくのです。欲しいものがあれば自分のものにしようとして、そこに争いが起こる。二元相対の価値観が支配するこの娑婆世界では、争いが起こるのもやむを得ないんですね。我われは平和を願っていますし、戦争が駄目なことは嫌というほど分かっているけども、誰もそれを止めることができない。

 

・二元相対という言葉に対応するのが、「一元絶対」です。二元があれもこれもあるという発想なのに対して、一つしかないというのが一元です。それから絶対というのは相対関係を絶する、対立がなくなるというのが本来の意味なんです。

 

・道元さんは悟った時の状態のことを「身心(しんじん)脱落」、体も心も脱(ぬ)け落ちて空になったとおっしゃいました。悟りを開いた方は、皆似たようなことをおっしゃいます。

私は鎌倉の三雲禅堂という所に参禅したことがあるんですが、そこを立ち上げられた山田耕雲老師という方は大変偉い方で、禅は本当の自由を掴むためのメソッドですといって、宗教の関係なしに訪れる人を受け入れました。そこから何人もの人が悟って、指導者の資格を得て帰っていたんですが、その方々が書いた本によると、悟った時は何かありましたかといったら、神もイエスもいませんでしたと。空の世界は何もないんですよ。

 

・お釈迦様はこういう言葉を残していらっしゃいます。「愚かな者は自分の子供だ、自分の財産だと思い悩む。ところが自分自身が既に自分のものではないではないか。どうして自分の子供だ、自分の財産だといえようか」と。

 

・悟っているかどうかは、執着があるかないかだけの違いなんです。

 

・仮有であるということを知って使うお金は全然意味が違うんです。実有と思うと執着しますが、あくまで仮の、人類における交換価値なんだ。人様に大きく使ってもらわないと、経済が本当の意味で生きてこないんだという意識でお金を使うと、争うことなくして世界経済がどんどんうまくいくでしょう。余計なものはあげましょうということになって、飢える方々も減っていくでしょう。これが人類愛というものです。

 

・昔は日本人の禅師が欧米で禅を教えていましたが、今は各国の指導者が自国の民衆に教えてどんどん結果を出されています。日本の禅がそこまで活発でないのは、本当に空を体験していないからです。ぜひ生き返ってもらいたいと、私は声を大にして言いたいですね。

 

・お釈迦様は悟った後で、五十年近くあの広いインドを自分の足で歩きながら説法して回ったといいますが、お釈迦様のそういう素晴らしい生き方を称賛する場合、普通は「稀有(けう)」という言葉を使いますけれども、これは消極的な言い方で、もう一つ「妙有(みょうう)」という言葉があります。悟った人は妙有なんですよ。