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指揮者、舞台演出家の西本智実氏の人間学やビジネスなどの名言・格言集

 

こんにちは

クローバーです^^

 

今回は指揮者、舞台演出家の西本智実氏の人間学やビジネスなどの名言・格言集です^^

 

【目次】

 

 

 

小学校の卒業文集には作曲家と指揮者

・当時の日本では三歳でも公演を見せてくれたんです。特に心に残っているのが「白鳥の湖」。ロットバルトという悪役がとっても悲しそうな顔をした瞬間があり、それにすごく衝撃を受けました。

私が子供の頃は、「正義と悪」がはっきり区別されたヒーローものや時代劇がテレビでも人気シリーズ。その中で白黒区別ができない世界や感情があることを知り、音楽に興味を持ち始めました。

 

・家にあった指揮者の総譜を初めて見た時は「読み取りたい!」という衝動に突き動かされました。三十段にもなる複雑な楽譜を読み取り音楽を具現化する指揮者の仕事にびっくりしましたが、でもその音楽を生み出した作曲家はなんてすごいんだろう!と感動し、音楽とは何か?を知りたくて作曲も学び始めました。小学校の卒業文集には「将来は作曲家と指揮者になって人の心を慰めるような音楽をつくりたい」と書いていましたね。

 

・音楽の道に進みたいとはっきりと自覚したのは高校生の時、箕面の山を見た瞬間でした。その日は新緑の時で、光と影の濃淡の美しさに息を吞みました。時間を忘れて見入る中、どの葉っぱも形がそれぞれ違うことに気が付き始めました。風が吹くと葉がそれぞれに揺れて、枝が揺れて、木が揺れて。そうして山全体ががワーッと動くのを見た瞬間に、感動で涙がポロポロ流れました。

私にはそれが非常に音楽的に感じられたんです。

 

・当時(高校生の頃)の私は遊び上手で、大学ノート一冊ずつに「科学ノート」「歴史ノート」「詩人ノート」なんて名づけて自由研究をするのも好きでした。大人びた内容の詩作をしたりと。ところがある時、その詩を母が読んで!それ以来恥ずかしいのでもう言葉にせず、感覚や感情を音で表現したいと思うようになったんです。

 

チャンスの瞬間はいつも急に訪れる

・チャンスの瞬間はいつも急で「代わりにピアノを弾いて」とか「えっ!」と思うような、準備をしていないことばかりでした。そこで「できません」と言っていたら、次はなかったかもしれません。そもそも現場では目の前の仕事で精いっぱい。自分で手を挙げる発想すらなかったのですが、きっかけを与えていただき、思いきって挑戦してみたら、また次の機会を与えていただいた。それが続きました。

 

・私は幼い頃から音楽教育が始まりましたが、趣味なのか職業としてその道を歩いていけるのかを見極めたく、「二十七歳までに決断!」と決めていたんです。それで一九九六年、二十六歳の秋にロシアの国立サンクトペテルブルク音楽院に留学しました。

ロシア語もほとんど話せず、現金百万円で一年間の学費と家賃、生活費を賄う日々。指揮科への日本人留学生は私が初めてだったので、随分と気負ってばかりでした。

 

・現在でも女性の指揮者の数は0.1%にも満たないと思います。筋力的にも女性の指揮者のほとんどが合唱団や小編成楽団の指揮を任されます。ところがロシアはオーケストラも歌劇団も大きな組織が多い!音が細くならないように、リハーサル時でも絶対に半そでは着ませんでした。

 

・若い頃は一回の公演で三キロも体重が減ってしまったので、体幹をしっかりさせるために体も鍛えました。また、重く分厚い音を出したくて、長袖のブラウスの中にベストを着込んで臨んでいました。

 

 

 

素晴らしい師との出会い

・私も素晴らしい師に恵まれました。サンクトペテルブルク音楽院のイリヤ・ムーシン先生とヴィクトル・フェドートフ先生。ムーシン先生は留学試験の際の審査委員長であり、当時既に九十代でしたが、現役の偉大な教育者でした。指揮の際は、「ここが素晴らしい」「興味深い」など、自信を喪失しないように褒めながら、課題を克服していく勇気を与えてくださる。そういう情愛に溢れた先生です。

 

・一九九八年、私が日本で指揮者デビューした時、ムーシン先生はロシアからわざわざ来てくださって「女性が指揮者になるのは将軍になるより難しいが、トモミは大指揮者になれるだろう」と会見時に話してくださっていたと聞きました。

 

・突き動かされる情熱は尽きることはありませんね。

パッションという言葉は日本では「情熱」と訳すことが多いですけど、ラテン語には「受難」という意味もあります。情熱があったから受難の苦しみを経験したのか、受難があったから情熱が生まれてきたのか、「卵が先か鶏が先か」の譬えのようです。

 

・言葉の持つ力はすごいですね。いま私の心に強く響くのが「一瞬が永遠」という言葉です。一秒の観念って人によって異なりますし、長く感じる時も短く感じる時もあります。そういうすべての一瞬一瞬を大切に人生を捧げたいと思います。

 

終わりに

私自身、小学校の卒業文集に私自身の夢や願いなどを書いたことさえも覚えていません。。。

 

小学生の頃にやっていた習い事はソロバンでしたが、どちらかというと計算よりも本を読んでいるほうが好きだったので、できるだけ行きたくなかったので、習い事が夢になることはなかったです^^;

 

おそらく周りの雰囲気に従って当たり障りのないことを書いていたんだと思います^^;

 

でも、いまもし、いまの知識のまま小学校時代に戻ったとするのであれば、はっきりと自分の夢や将来なりたいことを書くでしょう。

 

振り返ってみると「マネジメントを極める」ということにおいて「よき師」と思える出会いもあったなぁと思います。

 

もちろん、昔に戻ることはできないので、今思うことを全力で一所懸命に取り組んでいこうと思います。

 

そして、「チャンスは急に訪れる」ということですので、来るべきチャンスのために日々学び続けていこうと思います^^

 

「幸運の女神は前髪しかない」というヨーロッパのことわざも同じような意味なんでしょうね。

 

という感じで今回はこのあたりで失礼します。