今回は「知識が唯一の生産要素」という話をして行きます。
【目次】
生産の三要素、ヒト・モノ・カネ
経済学を学んでいる人であれば「ヒト・モノ・カネ」といえば、何のことだかすぐわかると思いますが、ヒト・モノ・カネとは、「生産の三要素」の事で、他の言い方をすれば「労働」「土地」「資本」という事になります。この三要素は並列に並べられていますので、どれが欠けてもうまく行かないものということです。
とは言え、この三要素は「肉体労働中心の時代」や「モノづくり」が中心の社会では重要な要素という事になるのですが、知識労働が中心の社会では少し異なる事になると言われています。
肉体労働では当然、「働く場所」が必要になりますが、知識労働の仕事場は「頭の中」とも言えるのです。そうなるとパソコンを使えるスペースがあれば「生産性を上げる」ということが十分に出来ますので、まず「土地」が必要ではなくなります。
例えば、ファミリーレストランやカフェの従業員さんであれば、その「ファミリーレストランやカフェ」といった「固定の働く場所」がない事には働くことが出来ませんが、「頭の中が職場」と言える知識労働者であれば、「決まったファミリーレストランやカフェ」がなくても、家でも、いつもと違う場所でも、どこでも働くことが出来るのです。有名な話ですが、アインシュタインは紙と鉛筆と黒板しか使わなかったそうなので、アインシュタインが働くにあたって必要なものは「決まった職場」ではなく、「紙や鉛筆」という事になるのです。
また、アインシュタインほどの才能ではなくても、すぐれた知識を持っている人であれば、研究や開発など、本来多くの資金を必要とするものであっても、それを出資してくれる会社や人が現れるのですから、「資金」さえも「必ず必要なもの」ではなく「場合によっては必要なもの」というくらいになるのです。
という事は「ヒト・モノ・カネ」が生産の要素として並列なのではなく「モノ・カネ」は「あるに越したことはない」くらいになって行くので、「ヒト」こそが「唯一の生産要素」と言えるのです。
ヒトが唯一の生産要素
先ほどの話で「ヒト・モノ・カネ」は並列ではなく「ヒト」こそが唯一の生産要素であって、「モノ・カネ」に関しては「生産手段」という話をしました。繰り返しになりますが「ヒト・モノ・カネ」が並列だったのは「肉体労働やモノづくり」が中心だった時代の話ですので、ここでいう「ヒト」とは肉体労働者ではなく「知識労働者」の事を指す事になります。
ですから、ここでいう「ヒト」とは「労働者」のことではなく「知識」の事を指すのです。「知識中心の社会」では「知識=ヒト」が唯一の生産要素となり、他の「モノ・カネ」、言い換えれば「働く場所」「資金」などはあくまで「生産手段」という事になるのです。
知識労働者の生産を上げるためには
では、知識労働者がその生産性を上げるためにはどうしたら良いのかということになりますが、簡単に言えば「激しく働く」という事ではなく「賢く働く」という事になるのです。先ほどのファミリーレストランやカフェの話で言うなら、私も経験があるのですが、カフェやファミリーレストランなどの飲食店でアルバイトをした場合、「時給いくら」で働きます。ですから、自分の時間を提供して対価を得るワケです。そして、週に5日、1日8時間働き、その中で人よりも頑張って働いて認めてもらって時給をあげてもらうことになります。場合によっては週5で1日8時間などでは全く収まらない場合もありますので、まさに「激しく働く」事で生産性を上げる事になります。
反対にその店舗のマネージメントに携わる人を仮に「知識労働者」とするのであれば、店長やスーパーバイザーなどがそれにあたると思います。それらの人たちが生産性を上げる時には自分がお店に出て「激しく働き続ける」としても生産性は上がらないのです。なぜなら「働くことの質」が違うからです。
知識労働者とは「考える事」が仕事の本質になるのです。
仕事の目的を考える
先ほど「知識労働者の仕事の本質は考える事」という話をしましたが、「では肉体労働者は何も考えていなのか?」と言いますと、当然、そんな事はありません。だからと言って「考えていることが同じか」と言われれば、それも違います。
簡単に説明すれば肉体労働者の場合は「何をするか」という事は、すでに決まっているのです。先ほどの飲食店の話で言えば「お客さんを接客する」「調理をする」「片付けをする」「洗い物をする」「店内の清掃をする」という事など「すでにやることは決まっている」のです。そして考えることは「どのようにするか」ということです。ですから、「どのようにすれば効率が良いか」と考えられるベテラン従業員さんの方が仕事がスムーズで生産性が高いのです。
肉体労働者は「どのように仕事をするか」という事を考えて生産性を高めるのに対して、知識労働者も同じ事を考えていたのでは生産性は高まりません。
知識労働者が考えるべきことは「仕事の目的」なのです。
仕事の定義を考える
「仕事の目的を考える事」が知識労働者が生産を高めるために考えるべき事なのですが、「仕事の目的を考える」というのは哲学的に考えたり、生きる目的を考えるという事ではありません。どのような事かと言いますと、「目的はなにか」という事を考えるのです。例えば、建設会社さんが「家を建てる」という事になれば、「どのような暮らしにするための、どのような家を建てるか」という事を考えるのです。先ほどの飲食店の例で言えば「どのような人たちが、どのような目的で来店し、どのようなモノを好むのか」ということを考え(分析なども含めて)からスタートします。
そこから「自分たちの仕事は何なのか」という定義を作り、その定義に沿った仕事の方向性や仕事の範囲などを決定して初めて、仕事に取り組むという事になります。
それらを綿密に考えるにあたり、忘れてはいけない事がありますが、それがドラッカーの言葉の中にあります。
あなたの顧客は何を重視していますか。
それを知らなければすぐに調べてください。
知っているならば満足しているかを聞いてください。
「仕事の目的」や「仕事の定義」が独りよがりにならないように「顧客にとっての満足、効用」になることが前提として考えておく必要があるのです。